「宮島・嚴島神社(広島県 廿日市 市宮島町)」の紹介です。 6月下旬に2泊3日で広島へ訪れました。前回の「宮島・嚴島神社-1 広島旅行-7」からの続きとなり旅行2日目の紹介となります。
前回も紹介させて頂きましたが、広島市内に2泊して、2日目に、JRバス中国の定期観光バス「原爆ドーム・嚴島神社を巡る1日観光コース」を利用して「宮島(嚴島)」に訪れました。
「厳島神社」を見学後、「五重塔」、「千畳閣(豊国神社)」に立ち寄りながら、「宮島桟橋」にもどりました。
「五重塔」です。1407(応永14)年に建立され、国の重要文化財に指定されているとのことです。



そしてこちらは「五重塔」のすぐ横にある「千畳閣(豊国神社)」です。豊臣秀吉公が、1587(天正15)年に発願し、建立を命じましたが、秀吉の死により未完成のまま現在にいたっているそうです。
千畳と言う名がついていますが、実際には857畳の畳を敷くことができるとのことです。
こちらも国の重要文化財となります。


「五重塔」、「千畳閣(豊国神社)」は高台にあるため、先ほどまで訪れていた「嚴島神社」を見渡すことができました。


モノクロ写真のようにも見えますが、これは私の使っているデジカメ(ソニー サイバーショット DSC-HX90V)の「パートカラー」と言う機能を使って撮影しました。1色(R,G、B、Y)のみをカラーで撮影できる機能です。


ロープウェイを利用すると「弥山(みせん)」に行くことができ、そこからの眺めも素晴らしいそうですが、時間の関係で訪れることはできませんでした。紅葉谷公園入口からロープウェイ乗車口の「紅葉谷駅」までは無料のシャトルバスがあるとのことです。


「宮島ビール」です。3本飲み比べを購入して相方と飲みました。


「もみじ饅頭」のお店はたくさんありますが、こちらは「揚げもみじ」が食べられる「紅葉堂」さんとなります。


「揚げもみじ」です。 串に刺さっているので、食べながらの散策にも良い感じでした。


「宮島(嚴島)」と言うと「杓子(しゃくし)・杓文字(しゃもじ)」を思い浮かべる方も多いかと思います。
寛政(1789年から1801年)の頃、宮島の「光明院」の修行僧、誓真が、当時主たる産業がなかった宮島のために、弁天のもつ琵琶と形が似たしゃもじを宮島参拝のみやげとして売り出すことを島民にすすめたことを起こりとするとのことです(wikipediaより)。


「宮島(嚴島)」からの帰路は「宮島桟橋」から「JR連絡船」で戻りました。



戻る頃は干潮の時間帯だったようで、「大鳥居」まで歩いている人が見られました。 前回も紹介させていただきましたが、鳥居の高さは16m、重さは約60tで、固定されているのではなく、ただ置かれているだけの建造物となります。


本州の「宮島口」までは約10分の船旅となります。


「宮島口」からはツアーバスに乗り「広島駅」まで戻りました。
広島と言うと、「お好み焼き」とともに「オタフクソース」を思い出します。バスからの車窓となりますが、「オタフクソース」の本社が見られました。


本年(’18年)6月末に訪れた「広島旅行記」は数回に渡り紹介させて頂きますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。

私たちが広島に訪れた約1週間後に西日本を中心とした記録的な大雨が発生しました。
お亡くなりになられた方々に心よりお悔やみを申し上げますとともに、被災された方々にお見舞いを申し上げます