「熊野本宮大社」、「大斎原(おおゆのはら)」の紹介です。’16年9月22日(木)から24日(土)まで2泊3日で相方とツアーを利用して紀伊半島に旅行に行った時の2日目の紹介となり、前回の「瀞峡(どろきょう) 紀伊半島旅行-7 (和歌山県・三重県・奈良県)」からの続きとなります。
「瀞峡(どろきょう)」を後にして、「熊野本宮大社」に到着です。
今回のツアーで訪れた「熊野那智大社」、「熊野速玉大社」そしてここ「熊野本宮大社」を合わせて熊野三山となり全国にある熊野神社の総本山となります。 そして「大斎原(おおゆのはら)」とも合わせて世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部ともなっています。

参道の階段を上がり社殿に向かいます。

境内にある「亀石」です。これに触れると長寿になるとも言われているそうです。 写真にはありませんが、「大黒石」と言うのもありそれに触ると金運が上がるそうです。

熊野のシンボルとも言われる八咫烏(やたがらす)です。八咫烏は神武天皇を大和の橿原(かしはら)まで案内したとされており、導きの神として知られています。

また八咫烏は日本サッカー協会のシンボルマークや日本代表エンブレムとしてもおなじみになっています。日本代表サッカー選手たちが必勝祈願でご参拝されているそうです。

「熊野本宮大社」を後にして「大斎原(おおゆのはら)」に向かいました。「熊野本宮大社」から歩いてすぐの場所になります。

2000(平成12)年に完成した日本一高い大鳥居(高さ約34m、横約42m)があります。

遠くから見てもかなりの存在感がありますが、近くに来るとよりその大きさが分かります。

この鳥居も八咫烏がシンボルとなっています。

熊野本宮大社は1889年(明治22年)の大洪水で流されるま社地は熊野川の中州にありその旧社地のあった場所がここ「大斎原」とのことです。
前回の記事で北海道の新十津川町は奈良県の十津川村から村民が集団移住した場所と紹介させて頂きましたが、それも1889年(明治22年)の大洪水の際に被災された方々が移住したとのことです。


八咫烏に福を導いて頂きたくお土産で購入しました。相方が携帯電話のストラップとして愛用してます。

「熊野本宮大社」、「大斎原(おおゆのはら)」を後にして2日目の宿泊場所である「川湯温泉(和歌山県 田辺市)」に向かいました。

'16年9月に訪れた紀伊半島旅行は、何回かに渡り紹介させて頂きますので、今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。